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懸け橋プロジェクトトップ > 山下壽一先生による手もみ玉露指導

山下壽一氏による手もみ玉露指導

手もみ玉露の名人山下壽一氏に指導を受ける

  2003年6月に、茶園主バナジー氏が来日した際、京田辺市の手もみ製法の名人・山下壽一(やました・としかず)先生に指導を受ける機会に恵まれました。山下氏は、玉露日本一を過去23回受賞した経歴を持ち、もちろんこれは玉露世界一を23回受賞したことと同じです。

 日本のメディアでは、1996年に歴代世界最高値の紅茶を作った紅茶王、マカイバリ茶園主バナジー氏が来日し、自ら玉露王から秘伝の技術指導を受けたということで話題になりました。

  2003年春、バナジー氏は、世界一の山下先生に会いに行くにあたって、世界一の紅茶を作ろう、と決心しました。そしてできあがったその紅茶「マカイバリ茶園シルバーニードルズ」は、2003年7月に歴代世界最高値をつけ、バナジー氏の山下氏への想いは、世界も認めた「世界一の紅茶」を生んだのでした。2003年6月、茶園主バナジー氏が来日し、3日にわたって山下先生から直々に手もみ玉露の指導を受ける機会に恵まれました。


京田辺で手もみ玉露を学ぶ
マカイバリ・ニューデリースタッフ 石井 吉浩


  マカイバリ茶園のバナジー氏が、是非とも手もみ玉露名人山下壽一氏に直々指導を仰ぎ、自分の有機栽培の茶葉でそれに匹敵する位の玉露を造りたい。バナジー氏の強い希望を、山下氏は快く引き受けてくださいました。

 「この当たりでいいでしょう」と山下氏が手拭で汗を拭きながら言われて、一緒に横に立っていたバナジー氏もホットしました。何と朝10時半から夕方の5時迄、連続6時間半の手もみの重労働。その結晶の賜物か素晴らしい玉露ができ上がりました。濃緑色で細い釘を綺麗に並べた感じで正に芸術品でした。早速皆で試飲しましたが、こんなに玉露が甘いものかと私自身ビックリしました。香りも微妙で山下氏の評価も80点のでき、と及第点でした。同じ茶木の茶葉から作り方により、紅茶、緑茶、ウーロン茶そして今回の玉露と全く香り、味と違う物ができるのは不思議でした。

 当日山下氏から直々、もみ台で「横まくり」から最終段階の「板づり」迄の6時間半、手取り足取りで、もみ方、茶葉の返し方、そして力の入れ方など懇切丁寧に指導を受けました。バナジー氏も最初は緊張の連続でしたが、山下氏のきめ細かいご指導で、徐々に要領を取得しました。何分紅茶造り33年、茶葉の心を知っており今回是非ともグルー(インドで尊師)に学びたいとの強い熱意を持って、インドから来日してきました。そのせいか山下氏からバナジー氏は手つきがいいし、こんなに真剣な生徒は未だ無かったと感激して頂き、最後迄教えて頂けたのは幸運でした。周りの人々も68歳になられた山下氏がこのように長時間指導されるのは、久しぶりと言っていました。

 バナジー氏には既に昨年、山下氏の「玉露造り」のNHKビデオを手渡してありました。バナジー氏はこのビデオを20数回も観た後、見真似物真似で15時間以上、手もみし、真似事の玉露を一応自分の手で造りましたが、そこは全くの素人なので味、香り異なるサンプルの代物でした。今回そのサンプルを持参し、直々に山下氏に試飲して貰い、同時に何処に失敗があったのか色々鋭い質問をしました。それを傍で見たり聞いたりしていましたが、最高の甘い玉露造りは複雑、怪奇そのもので、唯単に手もみのみならず、茶葉の育成、日よけ作り、そしてその蒸す時間など山下氏が52年間を要して完成されたレベルに到達するには、前途洋々の感じでした。

 歴史を紐解きますと明治9年(1876年)、時の明治政府が紅茶を外貨獲得の輸出産業に育て上げる為、その技術習得目的で多田元吉をインド・ダージリンに派遣し、マカイバリ茶園の初代の茶園に来ました。バナジー氏の曽祖父の時で土産品が残っています。そして今度は逆に見返りとして日本からインドに玉露の技術移転です。正に偶然的です。更に今年は「日印修交100周年」です。

 彼は昨日8日間の日程を終え離日しましたが、2〜3年の間に是非とも有機玉露で山下氏の牙城に近づきたいと満足気に言い残して行きました。同時に彼は世界最初の有機玉露造りを夢見ています。 

 


 


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