ニューデリー駐在員から届く インドの「今」
第2回ダージリン白内障〜エピソード〜 順調に進んだ昨年の白内障キャンプ、その対局に今回の第2回白内障キャンプがありました。しかし器械との格闘の3日間には、様々なエピソードがあり、それを乗り越えることでダージリンと日本のスタッフの間に強い信頼感が生まれたように感じます。 マカイバリ茶園スタッフからのお願い 白内障キャンプが始まる3日前から茶園に来ていた私は、キャンプが始まる2日前、ラジャさんのオフィスに呼ばれました。オフィスでは、ラジャさんとラジャさんが最も信頼をおいているマカイバリ茶園スタッフの一人、マジュンデーブさんが真剣な顔をして、お願い事があるのだけれど、と言ってきました。米谷先生にマジュンデーブさんのお母さんを手術してほしい、とお願いされました。 マジュンデーブさんのお母さんは、10年ほど前にインドでは有名だと言われている病院で、片目だけ白内障手術を受けました。しかしその後、術後感染にかかり、手の施しようがなくなり眼球を摘出し今は、義眼を入れているのだそうです。残された片目も、今は白内障にかかり、視力が低下してきています。しかし、残された大切な片目を手術によって再び失うことはしたくない、と年々見えづらくなる目を「これが人生だ」と受け入れ生活をしているのだそうです。お母さんはまだ60歳。マジュンデーブさんは、何とか米谷先生に手術をしてほしい、と私にお願いしてきました。 デリーにいらっしゃる米谷先生に電話をすると、診察をして状態を診てから決めましょう、と手術をして下さることを快諾して下さいました。そして米谷先生が茶園にいらしたキャンプ前日、茶園から4時間離れている村に住んでいるお母さんと、マカイバリ茶園シリグリオフィス(茶園から1時間半の距離)に勤めているマジュンデーブさんのお兄さん、そしてマジュンデーブさんご夫妻が米谷先生に会いに来ました。診察の結果、キャンプ初日に手術を行うことが決まりました。 思いがけない展開に遭遇 キャンプ初日。白内障キャンプスタッフ全員にとって、悪夢のような時間が流れました。器械が途中で止まり、器械技術者やナースの方々が幾度となく手術室を出入りしている中、手術室の外で待っていたマジュンデーブさんとお兄さんはその不穏な空気を察しました。10年前の手術のように、また何か悪いことが起こるのではないか。 マジュンデーブさんのお兄さんは、手術のために入院しているお母さんを、4時間離れているお母さんの村へ送り返してしまったのです。 その晩、手術室の外で起こっていたことを初めて聞かされた私たちは驚きました。ラジャさんも、マジュンデーブさんを何度も説得したのですが、マジュンデーブさんのお兄さんが頑なに手術を拒否し、一家の長男の意見が絶対の習慣があるインドでは、マジュンデーブさんも、ラジャさんもそれを黙って受け入れるしかありませんでした。マジュンデーブさんは、お兄さんを説得できず泣いていたそうです。 しかし米谷先生は、もし今回手術を受ける機会を逃してこれ以上白内障が進んでしまったら、手の施しようがなくなる。自分を信頼してお母さんを呼び戻してほしい、とお兄さんに直接電話でお話しました。 お母さんの手術 白内障キャンプ2日目の朝、病室にお母さんの姿はありませんでした。 夕方過ぎ、病院長のDr.シャルマが手術室に現れ、「マジュンデーブさんのお母さんが手術を受けたがっているのだけれど」、と言いました。マカイバリ茶園のティーマスター・ゴッシュさんがお兄さんを説得して、お母さんを呼び戻してくれたのです。 夜9時頃、お母さんの手術が始まりました。お母さんが手術室に入ってくると、お母さんは米谷先生と私に微笑みかけました。その微笑みは、全て信頼しています、と言っているように感じました。 お母さんの手術中、器械が数回止まりました。もしかしたら手術が失敗して、もう本当に何も見えなくなってしまうかもしれない。他の患者さんの中には、手術中にがたがた震える人、泣き始める人、動き始める人、様々な人がいました。しかしマジュンデーブさんのお母さんは、手術が終わるのをじっと静かに耐えていました。 第2回白内障キャンプの全ての患者さん26人の手術が終わり、深夜2時過ぎに病院を出ると、外でマジュンデーブさんが待っていました。米谷先生は「手術は今のところ成功しました。明日には随分見えるようになっているはずです」と言うと、「米谷先生ありがとう!僕は親孝行をすることができました。明日の朝、ヒゲを奇麗に剃って、昔のように眼が見えるようになったお母さんに、格好いい僕を見せてあげたいです」、そしてよほど嬉しかったのでしょう、米谷先生の手にキスをしました。 手術が終わった1週間後、米谷先生はデリーからマカイバリ茶園に電話をしました。マジュンデーブさんのお母さんが心配だったのです。お母さんの術後は良好で、元気に村で暮らしていること、お兄さんも含めて米谷先生に感謝しているとのことでした。
第2回白内障キャンプを終えてへ・・・